講演事例サンプル

井出 悦郎

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お寺の未来で行なっている講演の一例として、2016年4月の日蓮宗・現代宗教研究所における講演録をご紹介します。

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皆さん、おはようございます。今日はお忙しい中、全国からお集まりいただいていると伺っております。
元々は、今年の二月に三原先生と千葉の教化研究会議でご一緒する機会がありまして、そのときに三原先生から、今日の場で講演をと承りました。

私は、全国のお寺のこれからを、様々な形でご支援させていただいております。今日はその中で感じていることをお伝えさせていただきます。

本日の流れですが、私の自己紹介の後に、「現代のお寺を取り巻く状況」ということで、これは研究所の皆さんはかなり状況をよくご存じだと思いますので、振り返りという形で進めさせていただきます。その後、これが今日の本題になりますが、「これからのお寺の必須条件5か条」をお伝えさせていただき、お時間の許す範囲で、質疑応答とさせていただければと思っております。

自己紹介

元々、思想や哲学に興味がありまして、大学では中国哲学を専攻しました。研究者になろうかとも考えたのですが、そこまで頭が良くなかったのと(笑)、世の中に出てダイナミックなフィールドの中で、自分なりに人間というものを考察してみたいという思いが募りまして、就職しました。
都市銀行や経営コンサルティングという、資本主義の世界でキャリアを歩んできました。そして、仕事のご縁で、たまたま仏教に出会う機会があり、これからの時代の日本の人づくりにとって、仏教が大切ではないかという直感が芽生えました。
私は様々な企業の経営者に近いところで仕事をしていたので、数万人、数十万人を束ねる上では、処世のスキルも当然重要ですが、人間に関する深い哲学・思想が不可欠です。しかし、業績プレッシャーが厳しくなる中、人心や能力を大きな懐で束ねて、個々人の意欲や能力を引き出していくリーダーが、日本企業から少なくなっていると感じたのです。仏教にはそのヒントがあるのではないかと考えたのです。それが一つの縁となって、起業にもつながりました。

お寺づくりに関する、よくあるQ&A

これから徐々に本題に入っていきます。お寺づくりとは、言い換えれば経営です。経営と言うと、よく誤解を受けます。まず、そこでよくあるご質問から、お話を進めます。

まず、一つ目です。とにかく何か新しいことを始めればいいのかというご質問を受けますが、それはどちらでもいいと思っています。変わらないこともお寺の価値としてとても大切ですし、むしろ変わらずにそこにあるというその価値があるからこそ、歴史を紡ぐことができている側面もあると思います。その一方で、長期的に見れば緩やかにでも変化してきたからこそ続いているという側面もあるはずです。そのため、今、何を変えなければいけないのかということを見定め、変えるべきものは変え、決して変えてはいけないものは変えないというあり方が大切だと思います。

二点目として、なぜ経営という考え方が必要なのでしょうか。経営という言葉はよく金儲けと誤解されます。経営は企業においてよく使われる言葉ですので、企業イコール金儲けであり、したがって経営とは金儲けであり、経営は悪だという考え方が仏教界ではよく聞かれます。
ただ、経営というのは、組織の本分を全うするための、あらゆる手段の総体を指しているものであると捉えていただければと思います。今では、学校、病院といった、非営利組織においても、経営という考え方が重要になっています。お寺もまさに変革の時で、経営という考え方を取り入れていくことが大切です。お寺としての本分を全うするために、お寺としてどのような指針を持っていくべきなのかを考えていくことが求められているのではないでしょうか。
企業は利益を目的とする存在ですので、企業とお寺を比べると、何を目的にするかは、当然企業とお寺とでは変わってきます。お寺にとっても当然お金は大切です。それはきれいごとで済ませるものではありません。今、仏教界において、将来を見通したときに暗くなってきているのは、みんな表立っては言わないにしても、突き詰めると結局は経済的な問題が重要なポイントだと感じます。お金の問題が実はみんなとても気になっている。ただ、お寺はお金そのものが目的ではない。お寺においてお金について考える時は、ここが踏み外してはならないとても大切なポイントだと思います。

次に三点目です。お寺の経営というときに、仏教の布教とは関係ないのではないのかという意見も聞かれます。布教と経営を全く別のものとして捉えていくと、ちぐはぐが生まれると思います。経営では、受け手の視点を大切にします。布教も、当然、相手があってこそ成り立ちますので、自分たちが伝えたいことと相手が知りたいことの一致点において布教が成り立っていきます。
受け手がどう考えて、何を欲しているのか、そして受け手が、仏教やお寺にどういう価値認識を持っているのか、そこからスタートしないと、なかなか物事はうまくいきません。その中で、お寺の経営を考えていくことは、結局は布教とワンセットになると思います。
経営とは、仏教が伝わりやすい環境を整備していくこと。そう捉えていただくと経営と布教とは全く異なるものではなく、むしろ表裏一体のものであり、お寺の運営の両輪であると考えるべきではないでしょうか。

現代のお寺を取り巻く状況

では、そういう中で、「現代のお寺を取り巻く状況」を見ていきたいと思います。
まずは、皆さんもご存じのように、人口減があります。人口の推移を見ると、江戸時代は三千万人強だった人口と推計されるものが、明治維新を経て衛生状態、食糧状況が改善し、2008年に日本の人口はピークを迎えて、それが下り坂に入ってきた状態です。今は、毎年10万から20万人ぐらい人口が減ってきています。

出生率によってどのぐらいの人口減になるのか変わってきますが、一番良い予測でも、出生率1.8ぐらいです。
現在は1.4くらいなので、現状から0.4も上げていくのはかなり難しい。出生率1.8でも、六千万人程度を維持していくのがやっとです。なので、日本はこれから百年かけて、一番良い予測であっても人口が半分に、このままの出生率で推移しても人口は三分の一になる状況です。百年で人口が半分もしくは三分の一になるほどの急激な変化は、日本のみならず世界のどの国も経験したことがありません。

人口が減る中で、世帯の状況も変化しています。長らく核家族ということで、「夫婦と子」と言われていましたが、今やその核家族は、一番大きな世帯数ではなくなっています。「お一人様」という独身世帯が、今は最も多い世帯数になっています。そして、ポイントとしては、「夫婦のみ」「一人親と子」という二人世帯ですね。お一人様予備軍とも言うべき二人世帯がお一人様に続く世帯数になってきています。なので、お一人様とお一人様予備軍を合わせただけで、日本の世帯の六割以上になってきているのが、今の日本です。
多くのお寺の運営の基盤は、「家(イエ)」を基盤にしています。そのイエも、一つの家族をかなり広く捉えますよね。血筋という形で、親戚縁者含めて捉えていくあり方ですので、家族が縮小していくことを前提としていないモデルです。ここが、今お寺が考えなければならない大きな問題です。

新興宗教を見ていると、イエというものを前提としていない教団も少なくありません。一人一人とのつながりを核としている布教方法ですので、それはまさに現在の社会情勢をうまく捉えた布教方法であるということです。家長を軸とした布教は、現代においては成り立ちにくくなっていることが大きなポイントです。
家から個という大きな流れの中で、イエ意識が消滅をしていく。そのため、一人一人の個とどうつながっていくか、一人一人と豊かな関係性をどう紡いでいけるか、これがお寺の大きな課題であると言えます。

続いて、家計状況の悪化です。バブル崩壊後、一貫して勤労者の収入は減少基調です。安倍政権になって、賃金は、名目上は若干上向いたと言われていますが、その間、消費税も上がっています。家計は厳しい中で、若年層になるほど給与が上昇する賃金カーブも期待しにくいので、今後は勤労者の所得は一層厳しくなっていく可能性があります。

そして、宗教用具・仏壇市場の規模を見てみると、仏教界の力が大体分かるので、調べてみました。データが少し古いものしかないのですが、2007年から2009年の二年間に、宗教用具全体の市場規模と、仏壇の販売金額は年率五・一%減っています。これはとても大きな減り方です。ある市場が年率五%で縮小しているというのは、企業だったら撤退を検討し始めることにつながります。市場が縮小してくると、全員が生き残るのは無理なので、実力のあるところしか生き残れなくなってくるという世界に突入しています。

お寺が置かれている状況でもう一つ、宗教法人に対する厳しい目があります。例えば都道府県庁へ書類を提出していないという点があります。大阪が全国では圧倒的に多いようですけれども。法律で決められていることをやらないということは、どんなにいいことをしていても、社会における発言力は落ちます。大阪の場合は極端ですけれども、現状は業界から、監督官庁や立法府に対して、立法事実を与えているということになります。
立法事実とはどういうことかというと、あらゆる法律は事実に基づいて作られます。こういう事実があるから、そのためにこういう法律、規制が必要だと。規制は強化する方向性も、緩和する方向性もあります。ただ、今、宗教法人が置かれている状況を見ると、規制を緩和するというのはほぼないでしょう。
私も色々な業界を見てきましたが、宗教法人は、日本の全産業の中で圧倒的な自由産業です。宗教法人法は性善説によってつくられているので、ほぼ規制がない。そのため、規制を強化する方向性しかないです。それなのに、規制を強化する立法事実を、どんどん与えているというのが、今の宗教法人の現状になります。皆さんのお寺はそんなことはないと思いますが、業界としては立法事実を与えてしまっていると言えます。

一昔前には、休眠宗教法人がありました。これは当然今も水面下で続いていると思いますし、数年前には出家詐欺も社会をにぎわせました。よって、宗教法人の社会的評価というのは、なかなか厳しい。震災によって伝統仏教界が頑張ったということは社会に知られたと思うのですが、よいことをやっているということと法律を守らないということは、全く別の問題です。よいことをやっていても、法律を守っていなければ評価しないのが社会です。したがって、守るべきものは守ることからスタートをすることが大切です。

そう考えると、人口減、世帯の変化、家計減少、そして社会的な信頼も低下しているという中で、お寺に来る人は、今後十年でかなり減る可能性もあると思います。そして、もっと短い期間で、そういう状況が生まれるかもしれません。そういう中で、Amazon のお坊さん派遣も始まりました。そして、直葬センターも出てきました。また、結構長らくありますがイオンの永代供養とか、これ以外にも様々なサービスが異業種からどんどん新規参入をしてくるのが仏教界の置かれている現状です。
この異業種からの参入を見ていると、面白いのは、切り口が一つに収斂している点です。低価格。それしかありません。付加価値で勝負してきているところはない。価格が勝負の切り札です。普通、新規参入は、価格だったり、付加価値だったり、色々な価値の切り口で勝負をしますが、これだけ価格を切り口に新規参入が行われているのは珍しい。それは、受け手において、価格に関する不満が蔓延していることの証です。価格というものを突き詰めればお布施ということになりますが、そのあり方をどう考えていくかということを見つめ直す必要があると思います。

「お寺が消える日」というのも夢物語ではありません。今のお寺の数は当然維持できないことは明々白々です。したがって、どこが残るのかという議論と具体的な策を講じることが必要なフェーズに入っていると思います。

厳しい社会環境だが、希望がないわけではない

ただ一方で、私は希望もあると思っています。統計数理研究所という、日本人の価値観の国勢調査のような調査を実施している権威ある機関が、五年に一回調査しているデータです。

宗教を信じる人は、大きく減少しているわけではなく、長期的な傾向としては変わっていません。そして、宗教心、宗教的な気持ち、目に見えないようなもの、それを敬うかという点では、大切だと思う人が多数です。
データからは、大切であるという人が圧倒的に多いことが特徴的です。「何か一つのものを信じているか」と言われたら言葉に詰まるが、「目に見えないものや、そういうものを大切にするか」と言われると、「それは大切だ」と答える日本人が、圧倒的多数です。初詣は神社に行って、結婚式は教会、お葬式はお寺でという、色々な価値観がごった煮になっているのが、日本人の宗教観なのだと思います。

続いて、あの世を信じるかという点です。五十年間の比較で見たときに、大きく変化しています。五十年前、ちょうど高度成長期の前ぐらいのときは、年齢が上がるごとに、「信じる」という方が増えてきていて、逆に若い人ほど、「信じない」という傾向が高かったものが、今やその傾向が逆転しています。お寺だと大体70歳以上がメインの世代になってくると思いますが、現在は「信じる」という数字は一番低いです。逆に若年層のほうが高い傾向が出ています。今、70歳以上の方は、五十年前の20歳代ですよね。食べることや豊かさを渇望していた時代が青春です。日本の物質的な成長と人生を共にしてきた世代が今の70歳以上です。そういう中で、高齢者のような豊かさを享受できない若者世代には、宗教観の変化が表れてきていると思います。
私もこの仕事をするようになってから、注目をしているのは、本屋さんの宗教本のコーナーの変化です。私が今の仕事を始めてから五年目になりますが、始めた当初と比べると、大きな本屋では宗教本の棚が拡大していると感じています。そして、本棚の前で立ち読みをされている方は女性が多いです。スピリチュアルという方面が静かなブームになっているのもうなずけます。

今までの話を概観しますと、人口減の中、家族はお一人様が増え、家計収入も下落基調。多様化していく価値観に応じて選択肢も増えてきている。そして、先ほど見たように、宗教的な何かを求める人の割合は減っていない。お寺にとっては若年層の20〜50代の人たちには、宗教という観点では、高齢者よりも希望の兆しがある状況になっています。
そういう状況から、イエの宗教が継承されない社会であるという大前提に立った方がいいのかなと思います。当然檀家制度の名残は残っていくはずで、全くゼロになるということは間違いありません。ただ、世の中の生活者が変化をしていく中で、お寺も選ばれるということが起きている可能性があります。

そして、若年層に対しては、仏教やお寺の価値を世代ごとの価値観に合わせて、きめ細かく伝えていく必要があります。法話は基本的に高齢者向けで、法話の展開の仕方は伝統的な日本の話法ですよね。まくらを作って、話がだらだら続きます。結論はよく分からない。でも、それは今の若い人たちには合わない。何を言いたいかという中で話を展開されてこないと、分かりにくい。そういう受け手が増えてきている中で、最終的に伝えたいことは一緒だったとしても、どういう単語の使い方や話の組み立て方をするのかという柔軟性が求められてきていると思います。

これからのお寺の必須条件

では、そういう中で、これからのお寺にとって大切なポイントをお話していきます。

まず一つ目は、お寺の使命。使命とは、言い換えれば、社会的な存在意義。なぜこのお寺が存在しているのかということ。使命に基づいて明確な課題意識と目標を持つことです。

そして、二つ目。受け手がどういう状況に置かれているのか。そして、受け手がお寺や仏教に対してどういう価値認識を持っているのか。

そして、三つ目です。とにかくやってみないと、今の時代は分かりません。変化の激しい時代において一番危険なのは、こうやって座って人の話を聞いているということが一番のリスクです。まず、仮説に基づいてとにかく動くことが大切です。やってみないとどういう反応が出てくるか分からないので、とにかくやってみると。やってみるときは、焦りや焦燥感ではなく、前向きに、ポジティブにやっていくことが大切です。

そして、四つ目。これはお寺の大きな特徴ですが、色々な方とのご縁をつないでいくハブになる、ご縁の結節点になっていくことが大切です。

そして、五つ目は、皆さんの本業である、葬式仏教の磨き上げです。私は葬式仏教というものに肯定的な価値を見いだしています。ほとんどのお寺は、その価値から始めるしかありません。戦前は、地域の社会福祉機能をお寺が色々担ってきました。しかし、戦後は社会福祉国家の中で行政が肥大化し、社会福祉機能は行政に吸い取られました。

今は行政がやらないところしか残っていないですよね。その残った葬式仏教の価値をどのように高めてやり尽くすかということ、これが今、お寺が置かれている状況だと思います。

必須条件1:お寺の使命をふまえ、明確な課題意識と目標を持つ

一つ一つ見ていきましょう。まず、あいまいな不安や焦りではなく、今、自分がどういう状況にあるのかを冷静に把握する。その上で、お寺の使命を明確にし、何をやらなきゃいけないのかという明確な課題意識と、具体的で細分化された目標を持っていく。これがとても大切です。一言で言うと、お寺としての地図を持つということですね。

そして、課題意識と言ったときに、どういう視点でお寺の課題を定義していくかという点が問題になってきます。お寺なので、次世代に法灯をつないでいくことは当然大切ですが、これは正しい課題設定とは言えません。法灯が自動的に継承されていく世の中ではなくなってきていますので、法灯を相続していくことは目標となります。課題ではなくて目標であるということです。その目標のために、どういう課題を解決していかなければいけないのかということが、お寺の置かれている状況です。

図は分かりやすく地域的な切り口で課題を見てみました。日本、都道府県、市区町村など、色々なレベルでそれぞれの課題があります。言いたいことは、お寺のことだけを考えているようでは、これからはうまくいかないということです。お寺というものを超えた視点で、自分のお寺がどういう存在なのか、どういう社会に置かれた意義ある存在なのかという、お寺を超えた視点で課題設定をしないとこれからの時代は難しくなります。
なぜかというと、組織だけでなく、人間もそうですが、自分のことばかり考えている人を応援したくないですよね。お寺の存続だけを一生懸命考えているだけでは、これからは難しくなる。地域の発展や活力にどう貢献するかなど、お寺を超えた視点でお寺自体の課題を定義することがとても大切になります。したがって、世の中がどう動いているかとか、世の中そのものを、もっとお寺は知っていく必要があるということになります。

そして、課題を定義していく中で、自分のお寺は、誰にどのような価値を提供するためにあるのかというお寺の使命を明確にすることが大切です。使命を明確に持つと、日々の一挙手一投足に意味が生まれてきます。今までは考えもしなかったささいな行為にも、使命という観点から見ると、実はすごい意味があるという発見があったりします。
一つ一つの行為に、意味付けをし、息吹を与えるためにも、お寺の使命はとても大切になります。

必須条件2: 受け手の状況と、お寺への価値認識を知り尽くす

そして、二つ目は、受け手をよく知るということです。受け手がどういう状況に置かれているか、それを知るということになります。私は仏教界に関わるようになって、最初違和感を持った大きなことは、檀家という一言で、あまりにも色々なものを一括りにしすぎている点です。
家というものは、今は平均世帯人数が確か2.2〜2.3人ですが、ざっくり言うと、2〜3人ぐらい、一つの世帯にいるということになります。仮に檀家さん100軒といったら、そこには200〜300人の人生があるわけですよね。それをあまりにも檀家という一言で片付けすぎています。それは、言い換えれば、人のことをよく知っていないということです。これからの一般生活者はライフスタイルや価値観がどんどん多様化し、一言では表しにくくなります。
お寺にとっての受け手である檀信徒を一くくりにせず、その人一人一人に表れている独自性や多様性を知っていくことが、とても大切になります。

その上で、受け手の皆さんが、お寺や住職にどういう価値認識を持っているかを知っていくことが大切です。この点を知らないと、お寺側が提供したいものと、受け手が求めているものがすれ違います。こちらが渡したいものと、相手側がもらいたいものの一致点において満足というものが生起しますので、受け手がお寺をどう見ているのかということを知っていくことが重要になります。
受け手の価値認識を知っていくときに、私たちは根っこに例えて考えます。お寺には根っこが大切だと、私たちは考えています。お寺の根っこというものは何なのかということですが、お寺を一つの木として見たときに、木は目に見えやすい地上の部分と、目には見えない地下の部分、根っこによって成り立っています。これは組織においてもそうで、目に見えやすいお金や建造物だけじゃなくて、目に見えないものも実は組織を形づくっているとても大切なものとして存在しています。

では、根っこを見ていきますと、まず一番根底には、組織の理念があります。使命やビジョンという、理念的な要素ですね。理念なので目には見えません。でも、一つ一つのものに息づいています。そして、組織の理念に沿って発揮されていく人の力というものがあります。人が組織の理念に沿って、知恵や意欲を発揮していくと、その組織には色々な仕組みが生まれます。仕事のやり方であったり、その組織特有の文化であったり、色々なものが生まれていきます。そして、人と組織の力がかみ合わさることで、外部との関係性が育まれていきます。
この根っこの部分の状況をしっかり把握していくことが大切になります。歴史の長い組織であればあるほど、根っこは豊かです。お寺はとても歴史の長い存在です。地域やさまざまなご縁の中で育まれてきた豊かな根っこをたくさん持っているはずです。その根っこが、今、どういう状況なのか、その中で見えてくるお寺の良さというのはどういうものなのか、そして逆にお寺の課題はどういうものなのかということ。この点をきっちり可視化していくことが、とても大切です。


私たちは、お寺の根っこである無形の価値を可視化する手法として、「お寺360度診断®」というものを開発しました。お寺の根っこはどういう状況かということを、お寺にとって重要な関係者、総代、檀家、地域住民などに聞く匿名アンケートの診断です。
多面的な視点でお寺の良さや課題が見えてきます。日ごろから檀信徒とコミュニケーションがしっかり取れているお寺は、お寺360度診断®をやることによって再確認ができます。また、ついつい住職やお寺の方は上座に置かれてしまうため、日常のコミュニケーションがうまく取れていないお寺がこの診断をやってみると、様々なコメントが噴出してくることもあります。

今まで全国で250ヶ寺を超えるお寺で診断を行なってきた中で、見えてきたことがあります。
まず、一番重要な基盤は、住職や寺族の信頼できる人柄です。これがすべての基盤です。ここが評価されてないと、お寺としてどんなに素晴らしいことをやっていても、評価は上がりません。家の建築で言うと、基礎みたいなものですね。お寺における人柄は、家で言うと基礎であると。なので、基礎がしっかりしていないと、その上にどんなに素晴らしいものを組み立てても崩れてしまいます。

二つ目は、心の拠り所としての仏教を伝えていくということと、先祖供養のバランスが重要です。先祖供養教的なあり方で突っ走っているお寺も少なからずありますが、それだけだとなかなか檀信徒の評価は上がりません。決して低くなったりもしないのですが、突き抜けた高い評価は得られにくいです。要は、住職がどのように仏教を考えているのか、突き詰めれば、住職がどういう死生観を持っているのかを檀家さんに伝えていくことが大切です。特にお年を召された方にとっては、死が目の前に迫っている中で、それまでなかなか考えてこなかった自分なりの死生観というものに向き合います。その死生観というものを語りうるもっともらしい存在として、住職がいるわけです。今こそ死生観を伝えていく存在として、住職や寺族はルネッサンスしていただきたいと思います。

そして、三点目は、境内整備です。境内をきれいに整えるということは、当然お寺側も日常的に気をつけていますが、お参りされる方は、それ以上に気にしているというのが分かりました。お寺も気にしているが、お寺が思っている以上に、お参りされる方はよく見ています。特に生活感が見えたりすると、結構厳しいですね。洗濯物が見えたりですね。宗教空間には非日常性が求められているので、そこに日常性や生活性というものが入り込んでくると、評価は厳しくなります。また、最近では、徐々にバリアフリーを求める声も出てきています。

以上挙げた三つはあらゆるお寺の共通項を取ったものです。まずはこの三つをきっちり丁寧に整えるということがスタートとして大切であるということになります。

必須条件3:やってみなはれ(前向きに、とにかくやってみる)

続いては、とにかくやってみようということです。やってみないと分からないということですね。とにかく思考を前向きにしていくということ。あきらめたらもうそこで終わりなので、とにかく泥臭くやってみるということです。
どんなに素晴らしいテキストを百冊読んだとしても、一つの行動、アクションに勝る学びはないと私は思います。特にこれだけ急激に社会環境が変化していると、やる前から色々なものを予見していくことは困難です。予見は昔も難しかったと思いますが、今は予見可能性が従来以上に難しくなってきている時代です。なので、とにかくやってみて、失敗をたくさんしてみることが大切です。
実行する中では、お寺の自前主義に陥らず、とにかくいろいろな人を巻き込んでいくことが大切です。そして、最初から素晴らしいものをつくり上げようとせず、小さく始めて大きく育てる意識が大切です。いろいろと種まきをしていくと、当初の想定以上に良い反応が出てくるものがあるはずです。それを見つけて伸ばしていく意識が大切です。

考え方を前向きにという点では、ポジティブ・アプローチとギャップ・アプローチという考え方があります。高度成長の時代は、どちらかというと、ギャップ・アプローチが合っていた時代です。どこかに何かお手本があって、お手本と自分を比べて、その差を埋めていくことによって、成長していくという考え方が、ギャップ・アプローチです。
そういう時代は、例えば業界で言えば、1位も2位も3位も、そして100位も1,000位も、みんな共存できる社会ですね。市場自体がどんどん広がっているので、他の人の真似をしても生きていける時代でした。しかし、今は市場が縮小し始め、そういう時代ではありません。時代の前提自体が変わってきているので、人真似では難しいです。
市場が縮小している場合は、他者の真似ではなく、明確な特長や独自性を出して、選ばれる必要が出てきます。そうなってくると、自分から湧いてくるものを大切にしていかないといけません。そもそも自分がどういうことをやりたいのか、自分自身の強みは何かという内側から湧き上がるものを大切にする、内発的なアプローチが重要になります。皆さん、それぞれのお寺には、そのお寺にしかない個性が必ずあるはずです。その個性を生かしてどういうことができるかを考えていくことが重要です。

続いて、アイデアをとにかく出すということです。頭のよさや論理性よりも、「冗談おやじ」であることの方が重要です。とにかく数を出すのが大切なので、アイデアのほとんどはゴミ箱行きだと思った方がよいです。すごい考えて「これだ!」という乾坤一擲による一つのアイデアよりも、適当に考えた百のアイデアから選ぶ方が、よいアイデアが生まれる可能性が高いです。これは私自身も経験をしてきていることなので、とにかく数は大切です。打率よりも打席数ですね。三振王を目指すことが理想です。
このアイデアを出すというのは、「私にはそんな才能がない」とか、よく言われる方がいますが、それは現時点においてはそうかもしれない。確かに天性のものはあるかもしれないですが、努力でどうにでもなります。電車に乗っているときでも、例えば何かの広告を見て、「これって何かお寺に使えるかな」とか、そんなこと考えるだけでも一つのアイデアですね。アイデアは世の中にあふれているので、結局のところ自分がどういう視点で世の中や日常を眺めるかによって、あふれ出てくるアイデアは変わります。努力によってどうにでもなるので、ぜひたくさんアイデアを出してください。そして、自分だけでは大変なので、有縁の人を巻き込み、色々なアイデアを出していくことが、大切だと思います。

必須条件4:様々な思い・才能の縁繋ぎとなる

そして、四つ目。色々な思いや才能の結節点となり、縁つなぎとなることが挙げられます。

お寺はご本尊を中心として、あとは同心円状に、亡くなられた故人の方がいらっしゃり、その周りにお寺を預かる住職や寺族、その周りに檀信徒がいます。
檀信徒を見ていくと、実は色々な才能を持った方がいます。これだけ多様な才能がいるコミュニティは、なかなか世の中広しといえども探すのが大変です。これがお寺の大きな特徴だと思います。

そして、お寺のもう一つの特徴は、必ずしも檀信徒に限らず、その周りにお寺に興味を持っている一般人がいるということです。私たちには、「自分の持っているこの能力をうまく使えるお寺はないだろうか」とか、「こんな展覧会をしたいのだけど、お寺を紹介してくれないか」など、問い合わせがきます。どこかの特定のお寺に属しているわけではないが、お寺という場の力に惹かれているという方が世の中には多くいらっしゃいます。
最近は色々なお寺でやるようになってきたヨガもそうですし、NPOの方であったり、アーティストであったりとか、あとは学生もいると思います。そして、私もどこか特定のお寺の檀家ではないので、私みたいな者も、檀家ではないけれども、お寺というものに惹かれている存在であるとも言えるのかなと思います。
なので、お寺は、いろいろな思いや才能を引き寄せてくる、不思議な場の力、空間の力があると思います。そこに目を向けて、お寺に集ういろいろな才能をつないでいく、縁つなぎをしていくことで、住職だけではできない価値が生まれる可能性があると思います。

世の中を見れば、色々な活動をされているお寺があります。最近はお寺での縁結びも増えてきました。この事例は静岡県のお寺ですが、檀家さんだけじゃなくて、地域の有志も巻き込んで、地域をみんなで盛り上げようという観点で、お寺で縁結びを、年に二回実施しています。
そして、お寺で縁結びをやると、檀家さんが周囲に勧めやすいようです。「あなた、これ行ってきなさいよ」と勧めやすいと。なぜかというと、「お寺だったら、悪いことや変なことしないだろう」という、何とも言えない信頼感というものがあるからだそうです。それによって人に勧めやすいということを、色々なお寺さんから聞きます。

あとは、例えば別のお寺では、地域行事の酉の市がお寺で行われていたのですが、毎年大赤字で、鳴かず飛ばずのお祭りでした。それを、檀家さんだけではなく、地域も巻き込み、有志から出てきたアイデアで、高さ四メートル近くある「巨大熊手を作ろう」というプロジェクトが立ち上がりました。これがメディアに注目されて、地域紙や、地域のテレビ局が、軒並み取材に訪れるようになり、熊手も新幹線の駅のコンコースに一カ月飾られるようになってしまいました。話がうまくいきすぎているところはあるのですが、ポイントとしては、お寺が自前主義にこだわらず、色々な才能を生かしていくことで出てきたアイデアによって、お寺に活力が生まれてきたということです。

あとは、もう皆さんもご存じかもしれませんが、「勝浦タンタンメン」という、B級グランプリの日本一になった事例があります。日蓮宗の住職が、地域おこしの陰の立役者となっているという、そういう事例もあります。

必須条件5:葬式仏教の価値を再認識する

続いて、五つ目です。葬式仏教の価値を再認識することです。皆さんもご存じのように、亡くなられる方は、どんどんと増える時代になります。2030年代にピークを迎えると言われています。
今までであれば、家族に看取られ、そしてもっと前であれば、地域に看取られていくと。ご縁のある方に看取られていく、みんなで死を受容していくという社会が、今は変化しつつあります。死が地域共同体から切り離され、どんどん家族だけのものになり、そして今や死が個人化していくものになっている。亡くなられる方は増加の一途なのに、死という現場が、社会の表の部分から封印される世の中になってきている現実があります。

では、寂しく亡くなられる方が増えてくる中で、宗教は心の支えになるかということですが、支えになると思う方は年齢を重ねるごとに増えていくという傾向があります。そして、その宗教が何を指しているのかといったときに、これはNHKが十年前と十年後で比べたものですが、仏教に親しみを感じる方が、16%も増えています。神道も若干増えていますが、仏教に親しみを感じる方が増えてきている。これは必ずしも、死を前にしたから、仏教に親しみが増えてきているわけではなく、一般的に仏教というものに対しての親しみが増えてきているということです。長らく続いていると言われている静かな仏教ブームも、データでは見えてくるのかなと思いますし、その仏教ブームというものが、なぜお寺の活力と結びついていないのかという点が、一つひとつのお寺が考えなければならないポイントとして挙げられると思います。

そういう中で、喪の伴走者としてのお寺、そして僧侶の役割というものが、これから、潜在的にはとても重要性を増していきます。死というものが、コミュニティによって共有されにくい時代です。大量死社会の進展する時代だからこそ、死を縁としたコミュニティ形成という、お寺の本来的な役割が問われていくのではないかと思います。そして、高齢者が高齢者を看取る時代になり、中には孤独死される方も増えてくるかもしれない中で、一人一人の終末期や喪の伴走者にお寺や僧侶がなれるのかということが潜在的には問われています。

そして、本堂を活用し尽くすことが、これから重要です。最近は本堂で葬儀をやるお寺が増えています。本堂が活用されていないという問題意識が背景にあります。仏事以外では遊休資産になりかねない、本堂や宗教空間を活用し尽くすことがこれからとても大切になってくるでしょう。
お寺と神社を比較したときに、面白い違いだなと思うのは、お寺は境内に入りにくい。神社は入りやすい。ただ、神社の本殿はとても振る舞いが厳しいです。ここからここは入っちゃいけないとか騒いじゃいけないとか、やってはいけないことがけっこうある。一方で、お寺の本堂は結構自由ですよね。子どもが走り回ったりもするし、ワークショップもできたりする。お寺の本堂は、いろんな可能性に開かれた場づくりができると感じます。境内には入りにくいが、いざ入ってみれば、お寺の本堂は懐がすごい広くて、これがお寺と神社の大きな違いだなと感じています。なので、手元にある一番大きな資産である本堂をとことん活用し尽くしていくというアイデアが、必要になってくると思います。

そして、時代も時代なので、永代供養は、これからますます重要になってくると思います。

まとめ:変化の大きな時代は、チャンスに溢れている時代

以上、長々とお話しさせていただきましたが、これからのお寺の必須条件ということで、五つほど提示をさせていただきました。

まず一つ目が、お寺がなぜ存在しているのかという使命を明らかにする。使命に基づいて、明確な課題意識を定める。その課題意識は、お寺視点ではなくて、お寺を超えた視点で定めていくことが大切だと。
二つ目が、受け手の状況です。受け手がどういう状況にあるのか、そして受け手がどういう価値認識をお寺に持っているのかということを、知り尽くしていくと。
三つ目が、とにかくやってみると。前向きにとことんやってみるということですね。
四つ目は、いろいろな才能や思いが、お寺の中や周囲にいるということ。その縁つなぎとして、お寺が価値を発揮していくということ。
そして、五つ目は、お寺の本業でもある葬式仏教の価値をどこまで高められていくかということが、問われているということ。

以上、五つほどお話をさせていただきました。今の時代、危機だ、危機だとよく言われますけれども、そういう時代にたまたま生まれてきたのを幸運ととらえて、前向きにやっていくことが大切ですよね。危機というのは、危険と、もう一つは機会、つまりチャンスもあります。
特に変化の大きな時代は、チャンスに溢れている時代です。変化がない時代っていうのは、過去からの伝統が無条件で重んじられている、そういう社会ですね。格式、伝統、それに逆らっていく理由がないのです。しかし、変化の時代というのは、格式と伝統そのものが疑いの目を向けられ、継続性や永続性を保障する時代ではなくなってきます。変化の中に色々なチャンスも生まれてくる時代になってきます。なので、皆さんもぜひご自身のお寺にしかない価値を紡ぎ出していただいて、五十年、百年と、そしてその先も続くような基盤を、この節目の時代においてつくり上げていただければと思います。

長々とつまらない話で、大変失礼いたしました。ご清聴ありがとうございました。

質疑応答1

質問者A どうもありがとうございました。先立っては千葉教区教研会議での講演に同席させていただきました。実は、今日も出ておりましたお寺の360度診断®という部分、いわゆる社会でどう見ているか。これについて、以前うちの方の組織で検討したことがあるのですが、まずお寺さんが、お檀家さんとか、あるいはその行事で関係ある方々が見えた方に、アンケート用紙を配って、果たしてちゃんとした答えが出るだろうかと。お寺とは関係ない第三者が社会的な調査というスタンスで、ランダムに配るということを前提としないと、意味がないのではというところで、その一件は頓挫したことがあるのです。「たとえそれであっても、やっとけばよかったかな」なんていうような、今ふと、そういう思いがありました。
そこでご質問なのですが、実際にいろいろな関係で、特に仏教系の中で結構ですが、そうしたような調査活動、あるいはその第三者、業者等も含めてですが、そういう定期的な形での調査をしているような個人のお寺、あるいは組織というのは、現在いくつかあるのでしょうか。お願いします。

井出 私もすべてを知り尽くしているわけではないのですが、例えばどの宗派でも定期的に外部の業者を入れられて、統計的な調査、宗勢調査のようなものをされていますよね。大体それは宗派のシンクタンクのような、この研究所もまさにそうだと思いますけど、どの宗派も大体研究所を持っていて、そこが担われているというケースが多いと思います。
外部を入れるということに関して、私は一つポイントがあるのかなと思っているのは、いろんな宗派の宗勢調査とかを拝見していると、色々事細かに聞かれていて、その宗内の状況というのはよく分かります。ただ、その宗派の外の状況、つまり社会がどうなっているかということが、さっぱり分かりません。外の状況と中の状況、その両方を見て示唆を導かないと、適切な意思決定が下せません。したがって、現状のような調査ではかなり困難を抱えると、あらゆる宗派を見ていて感じております。
ただ、大規模なマクロ調査を実施するというのは、かなり労力のかかることでもあって、国の機関である統計数理研究所も、確か十万人ぐらいの人にアンケートをして、日本人のマクロ傾向を紡ぎ出しています。
それは一体何億円かかるのかという話になってきますよね。なので、お金をかけずとも、例えばシンクタンク、宗派としての研究所があるのであれば、そこの研究員の方に世の中に存在しているマクロのデータをたくさん集めてくることが有効だと思います。今、世の中に公知情報として統計データがたくさん落ちているので、それを収集し、宗勢調査と突き合わせて、どういう意味が紡ぎ出されるのかということをされると、よろしいのかなと思っています。

あと、個々のお寺さんでやられているところは、ありません。私たちの「お寺360度診断®」も、お寺の時間軸で言うと、五年に一回ぐらいやれば十分かなと思っています。一つあるとすると、何か変革をしようとか、何か変えようと思ったときに、周囲の声をきっちり聞くということを、最初にした方が、後々プラスが多いかなと思っています。
なので、統計や外部の評価を、定期的に取っていくのは、とてもいいことですけども、それをされているお寺さんというのは、まだない。かつ、宗派においても、基本的に外の意見よりも、内向きの意見に閉じているので、もうちょっと視野を広げた調査をされた方がよろしいのではないかと思っております。

質疑応答2

質問者B 私からの質問は、インターネットやSNSの活用についてです。これからのお寺ということを考えたときに、今の世の中を見ますと、どうしてもネットの活用というのは外せないのかなというのは、個人的に考えていることです。
ところが、仏教界を見ますと、なかなかうまく活用しきれていないような気がしております。なかなか成功例というのも、私もあまり目にしないような気がします。これからお寺というものがネットやSNSなどを活用していくに当たって、ポイントなど何か思うところがございましたら、教えていただけたらと思います。

井出 はい、ありがとうございます。どんどんネット社会になってきているので、当然やらないよりは、やった方がいいです。やるときにポイントとしてあるのは、続けるということが大切です。どんな情報でもいいので、とにかく定期的に、できれば毎日、情報を出し続けるということが、大切になってきます。ですので、あまり背伸びをしすぎてすごいことをやろうとなると挫折しますよね。なので、身の丈に合って継続できるやり方を、最初にある程度見定めて始めるのがいいのかなと思います。
例えばどこかのブログサイトに、ブログ記事を一本立てることから始めるのでもいいと思いますし、そこに例えば一週間に一回と決めたら必ず一週間に一回定期的に出す、それだけでも一カ月に四、五本いきますよね。それで年間で五十〜六十本いくということ。ネット空間というのは、過去にどれだけこのホームページという場から情報が発信され続けていたということを、検索サイトは常にネット空間を巡回して、それを引っ張ってきます。なので、数が重要ですね。発信していく数が重要です。質よりも量。さっきのアイデアに近いところもありますけど、とにかく数を継続していくということが、とても大切なのかなと思います。SNSもやはり継続が重要ですね。なので、地道な積み重ねが数年単位で効いてくるという、そういう世界がネットの空間としてはあると思います。

あとは、これからネット空間に何かを持つということは、それはある意味、ネット空間における自分の住所です。ネット空間に住所がないと、これからは世の中に存在していないと思われる世の中になっていきます。検索に引っかからない、検索をして情報が出てこないことによって、世の中に存在していないものととらえられていくので、何かしらの情報がインターネットにはあった方がいいと思います。日蓮宗は、宗派としてポータルサイトを持ってらっしゃいますね。とりあえず、そこにまず登録をすることも良いかもしれません。あれだけのインフラを整備されている宗派はないので、まずそこからスタートするのが、一番良いのではないかと思います。

そして、効果的な情報発信という点で課題なのは、例えば、こちらのお寺はこのように言っている、あちらのお寺はこう言っていると。で、それを見にきた人にとっては、こちらでこう言われていることと、あちらでこう言われていることは、どう比較すればいいのかというのが、分かりにくい。それはなぜかというと、情報を発信していく視点がそろっていないからです。視点がそろっていないことに加えて、その中で語られる言語の抽象度がばらばらなので、受け手からすると比較性がない世界になり、理解が進みません。
ですので、受け手の読み解く能力が高ければ、自分の中で比較性というものを持っていけますが、世の中にはそういう人は多くないので、業界として自分たちの魅力が一番世の中に伝わりやすい視点はどういうものなのかという情報発信の軸をそろえていくことが、とても大切です。その軸に沿ってひたすら情報発信をし続けていくと、世の中からは、この組織やこの業界はこういう視点で見ればいいのかという、そういう認識が世の中に徐々に形成されていきます。そうすることによって、世の中とコミュニケーションできる共通言語が生まれていきます。なので、その共通言語をつくっていくためには、業界が連帯して視点をそろえ、その視点において語られる表現の抽象度や具体性をそろえていくことがとても大切です。
特に第三者評価というのは、外部が勝手に業界を評価する視点を定めがちです。それは必ずしも業界のためにはならない可能性もあります。大学ランキングもその一例かもしれません。でもそのような状況が生まれるのは、社会から自分たちを一番魅力的に見てもらう正しい視点とはどういうものなのかを、業界として主体的に構築し、発信しないからなのです。だから、外部が勝手にやってしまう。なので、自分たちはこう見てほしいということを、積極的に世の中に訴えていくことが大切です。それは、どちらかと言えば、宗派や全日本仏教会とか、その単位で取り組むべきことなのかなとは思いますが。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、平成24年に(一社)お寺の未来を創業

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